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デザイナーが「デザイン経営」宣言を読んでみた

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こんにちは、@YojiShirakiです。デザイナーです。

先日、経済産業省・特許庁の「産業競争力とデザインを考える研究会」から「『デザイン経営』宣言」というものが出されまして、一部で話題になっていました。

今日はこの「『デザイン経営』宣言」を通してデザイナーに求められる能力を追ってみたいと思います。最初に申し上げますが、たいしたオチはないですし劇的な発見もありません。ただ粛々とデザイナーの在り方を再確認する取り組みです。

「デザイン経営」宣言 とは

「デザイン経営」宣言 は先述の通り経済産業省の「産業競争力とデザインを考える研究会」の提出した発表の一部です。同研究会はこれまで11回の会合を実施しており、本宣言はその報告書として位置づけられています。議事録・配布資料などは下記リンクよりどうぞ。

同研究会の課題意識としては、欧米と比較したときに国内企業のデザインに対しての意識が低く今後国際競争力が低下するのではないか、というもので、そこでデザインによる競争力強化に向けた課題を整理し対応策を研究する趣旨のもと発足したとあります。

会議自体は非公開で行われましたが、先のリンクにある議事要旨・公開資料によりどういったことが議論されたかが窺えるようになっています。配布資料は参考になるので興味ある方は通読されると報告書の背景理解が深まるかと思います。

「デザイン経営」宣言 自体は14ページのコンパクトなものです。内容は

  • ブランド力向上、イノベーション創出においてのデザインの有効性
  • 社会変化によるデザインの重要度の相対的向上
  • デザインへの投資対効果
  • デザイン経営の定義や実践上の具体施策案
  • 政策提言

と言ったところです。これに別紙として「産業競争力の強化に資する今後の意匠制度の在り方」と「『デザイン経営』の先行事例」があります。

「意匠制度の在り方」については最近話題になっていた店舗デザインに対しての意匠権の件も取り上げられており、賛否はともかくトピックとして面白いものがあります。他方、「先行事例」についてはコメント抜粋集のようなものですから、さらりと通読できるものです。

デザイン経営のための必要条件

本宣言で興味深いのはデザイン経営の必要条件として明確に以下の二点を挙げている点です。

  1. 経営チームにデザイン責任者がいること
  2. 事業戦略構築の最上流からデザインが関与すること

必要条件ということで項目を絞ったのか定かではありませんが、この二点を満たしていればデザイン経営と言えると、少なくても現時点では結論したということです。ここで気になるのがデザイン責任者なるもの定義ですが、これについては下記の記述があります。

デザイン責任者とは、製品・サービス・事業が顧客起点で考えられているかどうか、又はブランド形成に資するものであるかどうかを判断し、必要な業務プロセスの変更を具体的に構想するスキルを持つものをいう。

少しふわっとしているやや控え目な記述が印象的です。

比較としてCTO(解りやすく全社CTOを指します)を挙げると、CTOというのは個々の事業における技術的方針決定に留まらず、全社視点での技術将来像・技術コアの策定や、技術開発・工程標準化、組織戦略・運営など行政面も強く要求され、新しい事業の創出などを求められる、というような言われ方をします。

それと比べるとこのデザイン責任者像(今風に言うとCDO, CXO, CCOなどでしょうか)は行政的視点は薄く、相対的に事業・サービス・製品・ブランドが押し出されている格好です。より事業にコミットする姿勢が打ち出されているとも言えそうです。先ほどのデザイン経営の必要条件の2として「事業戦略構築の最上流からデザインが関与すること」としているところからもその姿勢が強く感じられます。

組織的要素・行政的要素を謳わなかったのはおそらく意図的です。なぜなら、本宣言の他のところでは組織について触れられており、流れでいえば、その運用監督能力をデザイン責任者の要件にするのは容易に発想できるからです。であれば敢えてそういった要素を盛り込まずにいた意図を理解したいところですが、そのためにはデザイン責任者の輪郭をもう少し明らかにする必要がありそうです。

高度デザイン人材という表現

デザイン責任者の像を読み解き、私たちデザイナーに対してのメッセージを理解する。そのヒントとして同宣言内の「政策提言」において「高度デザイン人材の育成」という主張があります。企業・大学等において高度デザイン人材を育成せよという主旨です。素直に考えればこの高度デザイン人材の上位にデザイン責任者があるはずですから、ここを深堀するのが良さそうです。果たして高度デザイン人材とは何でしょうか?実は宣言内では細かな言及はなく、ググると下記の資料が出てきます。

こちらは同じ経産省の「第4次産業革命クリエイティブ研究会」という研究会の報告書です。同研究会の目的は第一回の議事要旨配布資料から以下が挙げられています。

  1. 第4次産業革命が進行した社会における、デザイン等のクリエイティビティの重要性の検証
  2. 上記アクションプラン・人材育成施策の具体化に向けた研究会及びそのために必要な調査

察するにこの2において「高度デザイン人材」について議論されたのだと思います(また報告書の内容を読むに、今回のデザイン宣言の研究会の資料の下敷きにもなっているようです)。こちらの報告書の4.3.2 高度デザイン人材像および育成結果の検討結果にて高度デザイン人材の輪郭が語られています。少し長いですが引用します。

デザインの定義が広い企業ほど、「人の持つ潜在的な課題や気持ち(インサイト)を発見する能力」が重要と考える志向性が見られている。またそうした企業ほど、実際に「人の持つ潜在的な課題や気持ち(インサイト)」をデザイン人材が保有していることが多いという回答結果になったことを考え合わせると、そのような「本質を考える」ことの重要性を理解していると推察される。

なるほどデザイン人材は人の持つ潜在的な課題や気持ち(インサイト)を理解していると。

また「マーケティング・IT・WEB に関する知識・スキル」についての重要度も高いと回答されており、クリエイティブは単に考え付くだけでなく「実践する」ことと結びついていることとも符合している。

デザイン以外の領域にも通じておりそれを実践に結びつけることができると。

高度デザイン人材像について、ヒアリング結果および検討会での議論を振り返ると、「クリエイティブは基本的に人材に属するもの」という合意が得られているため、それゆえに「高度デザイン人材は、そうしたクリエイティブを発揮して事業課題を解決できる人材」を指すと判断してよい。

そしてここですね。引用ではっきりと表現されている通り「クリエイティブを発揮して事業課題を解決できる人材」。これが「高度デザイン人材」の定義のようです。即ち「デザイン経営」宣言 におけるデザイン人材像としては、

  • 人の持つ潜在的な課題や気持ち(インサイト)を理解し
  • それを実践する、それだけの能力・知識・スキルを身に着けており
  • 事業課題解決をすることができる人材

ということでしょう。当然、その上位と想定されるデザイン責任者には同質のより強力な能力が求められるのだと解します。

研究会の資料より

事業課題解決能力を高めるために必要な視座・知識については先述の「産業競争力とデザインを考える研究会」の第4回配布資料が参考になります(作成はTakramの田川氏)。ここではBTC(ビジネス、テクノロジー、クリエイティブ)の関係性について、従来の日本企業はB-Tモデル(ビジネスと技術が結合したモデル)であったが、これからはB-T-Cが相互に結び付いたモデルを目指すことを指摘しておりそのための人材育成の重要性を説いています。これは、先に紹介した「政策提言」における以下の記述にも利用されています。

  • 企業においては、ビジネス系・テクノロジー系人材がデザイン思考を、デザイン系人材がビジネス・テクノロジーの基礎を身に着けるための研修を実施するとともに、(略)
  • ビジネス系・テクノロジー系大学においては、デザイン思考のカリキュラムや芸術系大学との連携プロジェクト(例:IIS-RCAデザインラボなど)を、芸術系大学においては、ビジネスおよびテクノロジーの基礎を身につけるためのカリキュラムやデザイナーとしての実践的能力を向上させるための産学連携プロジェクト(例:広島市立大学芸術学部共創ゼミ)などを実施する

これらを踏まえると「デザイン経営」宣言 におけるデザイン人材像は「技術とビジネスに通じたデザイン人材」という主張でまず間違いなさそうです。とすると次に気になるのはビジネスという表現ですがこれについてはあまり厳密な言及はありませんでした(後々の課題かな?)。

デザイン人材に経営を学べとは言っていない

大した作業ではありませんでしたが、ここまででだいぶ認識が固まってきました。「デザイン経営」宣言では技術とビジネスに通じたデザイン人材の必要性を示していることが背景・時系列を踏まえてより鮮明になりました。そしてデザイン経営においては事業課題を解決する能力をもつデザイン責任者が経営チームに必要で、そのデザイン責任者は事業戦略構築の最上流から関与するべきだと。

ただ、その反面、「経営」という要素を捨象していることもより浮き彫りになったように見えます。デザイン人材・デザイン責任者には「経営」という視点を必要条件として置いていません。流れで考えると「デザイン人材にも経営を」と出てきてもよさそうですが、そうはなっていません。おそらくは

  1. 「ビジネス」と「技術」をより強いメッセージとして際立たせるために要素を絞った
  2. 事業・製品・サービスを顧客起点とすることをより高い純度としたかった
  3. まだそこまでデザイン人材が到達していない(最初から掲げるにはハードルが高い)

などが理由なのかと思慮します*1。「デザイン人材は事業・製品・サービス・ブランドに徹底して集中せよ」というメッセージなのだと捉えるのが良さそうです。

最後に

そして最後に一つ。

「デザイン経営」 宣言では「デザイナー」という言葉はあまり使っておらず「デザイン人材」という表現を意識して利用している節があります*2。「デザイン経営」に資する人材とは既存の概念のデザイナーとは限らないことを示唆しているかのようです。と同時に、既存のデザイナーに対してのある種の警鐘とエールを送っているようなそんな感想を抱きました。

以上、冒頭に申したようにオチはありませんが、デザイン経営に必要な人材像をデザイナー(兼経営者)目線で追ってみました。

私も学生の頃からデザインだけでなく技術・マーケティング・ビジネスが重要だと思いバランスを取りながら学んで来ましたが、改めてこのような宣言を見ると随分遠くに来たのだなとも感じます。この環境下でデザイナーとしてのアイデンティティを常に考え、磨き、越えていくのは本当にチャレンジャブルだな、と。一方で、学びに終わりがなく広大なフィールドが広がっていくこの仕事は本当に面白いし、この仕事に携われて本当に良かったとも思います*3。新しいデザイン人材にも負けないよう日々研鑽せねばという心持ちです。

では、本日も最後までお読みいただきありがとうございました。

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(過去記事)

*1:あとは「経営のデザイン」と混同されることを嫌ったという可能性もありそうですね

*2:カンファレンスでは普通に「デザイナー」って言っていたようでしたが

*3:ちなみに蛇足ですが、私は投資家にもっとデザインがわかる人がいた方がいいと思っています

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